タツキ先生は甘すぎる!』第3話を見て

※ネタバレ注意

「どうしたい?」に答えられない子どもの心について

『タツキ先生は甘すぎる!』第3話を見ました。今回の第3話で強く描かれていたのは、不登校そのものというより、子どもが自分の気持ちを自分で持ちにくくなっていく状態だったように思います。寧々は、塾に行かせたい父と、ピアノを続けさせたい母のあいだで揺れています。どちらの親も寧々のことを思っているはずなのに、「寧々はどうしたい?」と聞かれても答えられない。その姿がとても印象に残りました。

象徴的だったのは、ビーズアートの色を自分で決められない場面です。寧々が「お母さんが好きそうな色」「お父さんが喜びそうな色」を選んでいて、好きな色が選べない背景には、周囲の目を気にしすぎることや、自分の感覚に触れにくくなっていることがあります。

現場でも、最初は「どうしたい?」と聞かれて答えが出ない子は少なくありません。それは意思がないからではなく、自分の気持ちを出していいという感覚が、まだ戻ってきていないことがあるからです。第3話を見ていて思ったのは、子どもに必要なのは、すぐに正しい答えを出すことではなく、まず自分の気持ちを持っていていいと思えることなのではないか、ということでした。

この回は、親が悪いとかフリースクールが正しいなどと単純に分ける話ではなかったように思います。むしろ、子どものためを思う大人の善意が、時に子どもの声を見えにくくしてしまうことがある。その難しさを、描いていた回でした。学び舎トーカでも、何かを急いで決めさせるより前に、まず安心して過ごせること、小さな「好き」や「いや」を感じ直せることを大切にしています。学びや進路は、その土台があってこそ、少しずつ自分のものになっていくと感じるからです。第3話は、子どもが自分の気持ちを取り戻していくために、大人は何を急がず、何を待つべきなのか。そんなことを考えさせられる回でした。

不登校児じゃない、学習航海者になろう!

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